Seishi Ono's blog

Fugaces labuntur anni. 歳月人を待たず

ケインズを読む…

学生時代の話である。こういっては何だが普段はあまり勉強しているとは思えない友人がケインズの『雇用、利子および貨幣の一般理論』を小脇に抱えていた。どうしたのかと思って話を聞いてみると、ある先生が講義の中でこの本を一日1ページずつ読んでゆけば卒業するまでに経済理論を理解できる、と言ったので買ってみたという話であった。

時々冗談か本気かわからない発言をされる先生だったが、講義で真顔でそのようなはなしをすれば、学生がそのような勘違いをするかもしれないと考えなかったのだろうか。無責任な人だなと学生ながらに思ったものである。

その友人には何も言わなかったが、私はそのだいぶ前にこの本を読んでとても手に負えないと感じていた。ピアノで一日一音ずつ引いてゆけばやがて英雄ポロネーズが弾けるようになるという冗談とこれは同列の話であろう。

後になって宇沢弘文の『ケインズ「一般理論を読む」』の中でケインズサーカスの重鎮カーンがこの本には何を書いてあるかわからない、こんな本とは思わなかった、言った話を紹介していたが、その話を私は学生時代に誤ってハロッドの発言として覚えていたし、宇沢弘文が英語で丹念に読んでも何が書いてあるかわからなかったと述べていたことは私を大いに安堵させたものである。

しかし、最近でた間宮陽介氏の訳になる『一般理論』はなぜかとてもわかりやすい。もちろん原書で経済学の大家が読んでもわからないものが、本当の意味でわかるはずもなく、わかったような気にさせることに巧みであるということなのであるが。

翻訳などたいして意味がないと私は指導教官からいつも教えられてきたが、これは戦前からの横のものを縦にするだけで飯を食ってきた研究者たちへの揶揄であったろう。しかし、その横着にもそれなりの価値はあったのかもしれない。翻訳だって名訳には素晴らしい価値がある。そればっかりでは意味がないのは確かであるが。

ケインズ『一般理論』を読む (岩波現代文庫)

ケインズ『一般理論』を読む (岩波現代文庫)


雇用、利子および貨幣の一般理論〈上〉 (岩波文庫)

雇用、利子および貨幣の一般理論〈上〉 (岩波文庫)


雇用、利子および貨幣の一般理論〈下〉 (岩波文庫)

雇用、利子および貨幣の一般理論〈下〉 (岩波文庫)