7 結論:夢を越えて
日米の大学のマネジメントのありかたを比較してみると,それぞれに利点と欠点がある事がわかる.,高度成長時代において,日本的経営の下での企業にもたれて運営されてきた日本の大学は,アマチュアの経営が十分に成立する余地があり,そこからもたらされる自由な研究環境は多くのノーベル賞受賞者を生み出すまでになった.しかし,そのような企業との蜜月時代は終わりを告げ,今日,大学は日本的経営との強い依存関係からの脱却無しには存続し得ない時代に至っている.大学経営もプロフェッショナルによる経営が必要となっている.この点では,財政赤字から大学への支援を打ち切られ,大学が自律的な経営を実現するための努力を続けてきた米国のプロフェッショナルによる大学経営をベンチマークにすることで得られるものは多くある.
一方で,米国の大学の経営も多くの問題を抱えている.ギンズバーグは『大学の没落』[35]という著書において,米国の大学は,かつての教員中心の大学経営が,次第にプロフェッショナルによって経営されるようになり,その結果,教員の発言力が低下し,教育よりも経営が重視される大学となってしまったことを指摘し,その結果,マネジメントのための経費が膨れ上がり,現在の学費高騰を生んでいる,という批判を行っている.
この批判から分かることは,かつての米国の大学も日本の大学とよく似たアマチュアによる経営で成り立っていた時代があり,それがプロフェッショナルによる経営にとって代わられ,今日に至ってマネジメントコストがあまりに大きくなってしまったという歴史があることである.また,その過程の中で,全ての大学においてではないにしても,かつての教員達は,大きな不満を蓄積していったことも読み取れ,かつてマーティン・トロウがユニバーサル型における大学の内部運営について,学内コンセンサスの崩壊を予言していたことを思い出させる.こうした点は,今後日本の大学において,プロフェッショナルによる経営が中心となった時に他山の石とすべき教訓である.
大学経営が成功するためには,組織の構成員が経営の意志を理解できるのに十分なコミュニケーションをどのようにとって行くかが,一番大切な事項である.教職協働では無く,組織的なコミュニケーションこそ,大学経営の成功のために,本当に求められていることなのである.
(了)
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