Seishi Ono's blog

Fugaces labuntur anni. 歳月人を待たず

「想定外」の哲学

つい先頃、防災の専門家の方から「想定外」について解説していただく機会があった。*1その方も元々は防災よりは情報の専門家であったため、最初に防災の業界に入ったときに、この「想定外」という言葉に戸惑いがあったようで、結局氏は「想定」とは情報の世界で言う「設計仕様書」のようなものと理解されたようである。
私がそこでのお話をお聞きして、「想定」にはもう少し広い意味がありそうと感じた。「想定」とはたぶん「制約条件」に統計で言う「誤差項」のないまざったもので、「想定外」と言えば制約条件を外れてしまったところで起こった事象のことではなかろうかと。

制約条件をきつくしたり緩くしたりすれば、結果はいろいろ変わる。原発事故も制約条件をかなりきつくしていたために「想定外」の事態に発展してしまったということなのだろう。

この場合、制約条件または想定の範囲は、例えば政治的な理由によってさえも簡単に左右されてしまうところが、防災を工学から見たときの面倒なところであるには違いない。

想定の範囲がそんなにゆらいでは困ると思うのだが、それにも理由はありそうな気がする。我々は「2000年問題」を経験したが、こんな問題に対する知見は存外ないものだから*2、想定の範囲は自由にとれる。範囲のとりようによってはとんでもないことが起こるという結論が飛び出すことになる。2000年問題の結果も想定通りだった点もあっただろうが、「想定外」の部分も少なからずあったはずである。

一方、防災の知見はおそらく他の工学に比べればまだ十分ではないのだろう。特に原発のような新しい技術に関してはそうだろうと想像がつく。地震や津波は有史以来の経験があるとはいえ、「想定」に必要とされるきちんとした記録がとられているのは20世紀のことなのではなかろうか?*3「2000年問題」とどちらの知見が乏しいかは比較できないにしても似たような事情がありそうではないか。

一方、おもしろい事に、いわゆる「文系」の世界ではたいていこの類の「想定」や「制約条件」は鼻で笑われてしまう傾向にある。政治的な理由をも含め、制約条件そのものを排除するのが学問だと言うそこでの主張は、それはそれで、なかなか説得力がある。

なぜそんな違いがあるのか?そもそも文系、理系という区分は間違っていると私は思うが、ここで、あえて区分すれば、西洋的な学問の基礎にある「哲学」という分野に近い学問領域を仮に文系と呼んでみたい。そうすれば文系学者が「制約条件」を馬鹿にする理由は多少は想像がつく。

哲学はそもそも、この世界全体そのものを一気に把握してしまおうというアプローチなので、「想定外」なことなどは起こらない。世界のすべては哲学の手の内に収まってしまう。

そこから派生した様々な学問もその名残を引きずっているに違いない。そんな傲慢なアプローチからすっかり足を洗って「制約条件」の中でだけ議論をしようという学問とは趣がだいぶ異にしたとしても理解できそうに思う。

両者の違いをカール・ポパー流に言えば「分析と総合」ということになるのかもしれない。ポパーは民主主義の下では、分析的アプローチ以外はあり得ない、総合的アプローチとはファシズムと共産主義の別名に過ぎないと強く主張したが、「想定外」を許さぬ「総合」と「想定外」を許容する「分析」との違いを考えれば、ポパーの主張には得心がゆく。昨今のマスコミの「想定外」に対する扱いを見るとポパーの慧眼を今更ながら思う。ただ、同時に私はポパーだけではたどりつけないものがあるように思う。

私は何もわかっているわけではないが、直感だけで言えば、ポパーでさえも哲学者である以上、想定外を想定していないのかもしれないと疑う。ポパーの総合に対する強い反感はそうでなくては生まれないのではないかと思いたくなる。

フクシマは、哲学的な判断は分析的であるべきか総合的であるべきかをもう一度考えさせる。「想定外」とは何なのか。人類の命運をそこに託すべきなのか。一方では我々はそれなくして済まされることなのか。

そしてこの一瞬もフクシマで必死に働いている人々がいる。我々の命運を握りながら。そこにどんな哲学が今意味を持つというのだろう。

*1:2011年6月9日(木)CAUA FORUM 2011「災害に負けない大学の情報システムを考える」畑山満則氏(京都大学防災研究所)「災害時での情報システムに求められるもの」http://www.ctc-g.co.jp/~caua/event/forum2011/index.htm

*2:実は日本には「昭和」から「平成」への切り替えという経験があったはずなのだが

*3:群馬大学の金森研究室の津波ライブラリは貴重な研究ではなかろうか? http://tsunami.media.gunma-u.ac.jp/TSUNAMI/bunken.html